GAME STAR編集長みずイロ氏から知られざる過去~現在の裏話、極秘情報を入手しました。

今回はOverwatchのワールドカップ競技委員、実況、そしてフリーペーパーのGAME STARの編集長「みずイロ」氏と深い関わりを持つ弊社社長の三瀬と人事のうめ吉こと、三原が対談インタビュー!
知られざる裏話をお話して頂きました!

 

うめ吉
インタビューを承諾いただきありがとうございます!!早速ですが自己紹介をお願いします!
みずイロ氏
「みずイロ」と申します。30歳です。元々は「水色の風」という名前だっのですがちょっとずつ短くなっていきました(笑)
うめ吉
珍しい名前ですね!弊社社長と長い付き合いとのことですが、出会いについて教えてください。
みずイロ氏
御社の三瀬さんと出会ったのが2008年で「サドンアタック」というゲームで出逢いまして、「Dazzle」というチームの2軍のスナイパーとして試験を受けさせてもらって、入らせてもらいました。
その時1軍のチームだったリーダーの山田さんや三瀬さんは本当に強かったのを今でも覚えています..(笑)
その後、チーム全体が「Call of Duty 4: Modern Warfare(略称:CoD4)」というゲームに移行するという話になって私もチームと一緒に移行しました。その時は若かったので反射神経が良かったのと、始まってすぐのゲームだったということもあり、すぐに1軍に配属されました。三瀬さんがスナイパーで、私がSMGを担当していましたね。
うめ吉
それは「プロゲーマー」を目指してですか?
みずイロ氏
いえ、当時は「プロゲーマー」は日本に少なく、市場も小さいことから目指せるタイトルでもなかったので普通のアマチュアチームとしての活動を行なっていました。


うめ吉
そうなんですね..!すごい…。チームの実績等はありますか?
みずイロ氏
「Dazzle」はそれまで「CoD1」と「CoD2」で活動していたチームで、当時は無敗というか…一言で言えば最強のチームでした。「CoD4」になってちょっと勝てなかった時期がありましたが、2008年の10月頃の大会でやっと優勝できました。
その後色々あり、11月頃から自分たちで大会を開催し始めました。名前は「Japan Players Night」で「プレイヤーの為の夜」みたいな感じの意味です。大会を運営しながら選手としても出ていて運営ではコミュニティマネージャー、コミュニティリーダーとして携わりました。その時は三瀬さん達が主導で進めていたので、ノウハウや考え方を教わりつつ自分たちのやっているゲームを長生きさせる活動というのを教っていました。
うめ吉
なるほど。少し話は変わりますが、「エイプリルナイツ」が2010年設立で、その前に弊社代表の三瀬はエンジニアラボをやっていたのですが、その頃のチームはどうでしたか?
みずイロ氏
確かこの頃がちょうど忙しくてDazzleが解散してしまい、「Japan Players Night」は私が名前を引き継いでを毎月開催していました。
うめ吉
え!?「Japan Players Night」は毎月開催なんですか?
みずイロ氏
実際は3回ほどしかやっていないですけど..(笑)そこから他ゲームタイトルで選手として活動したりしていましたが、2011年くらいからもう一度、CoD4のコミュニティ活動をやり始めました。
うめ吉
興味深いお話をありがとうございました。次に、実際に会社へ就職した時のお話をお願いします!
みずイロ氏
会社名は出せないのですが、2009年に就職しロケットエンジニアとして設計等をやっていました。
うめ吉
ロケットエンジニア!!!詳しく聞きたいところですが….社会人をやりながらも「Japan Players Night」を再開させて、選手兼運営もやられていて、そっちの営業もやられてということですか?
みずイロ氏
そうですね。そういう活動をしていました。もちろん仕事は仕事で本気でやらないとついて行けない仕事なので本気でやりつつ、趣味の時間もとても充実させていました当時はスタジオを借りて実況解説を付けてライブ配信をするというのをやっていました。2ヶ月に1回東京のスタジオに集まって、5人くらいで飾り付けや配信の設定等をして、スポンサーさんを呼んだりしました。
スポンサーさんもとても協力的な方々ばかりで毎回スタジオまで来てくれて、「優勝したチームにリザーブの方もいるんですが、その人の分の景品ももらえないですか?(笑)」なんてやり取りを目の前で聞いて「OKらしいですよー!」なんて配信で言ったりとかして(笑)スタジオをお借りしたり、配信のお手伝いをしてくださったり、協力してくださった皆さんには本当に感謝しています。
うめ吉
みんなでオンライン上に集まるのではなく、会場にみんな集まってやっていたってことですね。楽しそう(笑)
うめ吉
ちなみに「Japan Players Night」を再開した時の運営側の人数って何人くらいだったんですか?
みずイロ氏
最初「Dazzle」で「Japan Players Night」を運営していたのと同様に、「Onslaught」というチームで最初は少人数で回しながらも最終的には10人くらいで運営してました。
うめ吉
「Dazzle」ではなくてですか?
みずイロ氏
はい。「Onslaught」というのは当時日本だとめちゃめちゃ強くて、日本一のチームといっても過言ではないくらい負ける事がないチームなんですけど、2011年ごろにそのチームに加入して活動していたのですが、「大会がないからやってよ」「それじゃあやるか~」「じゃあみんな協力して」みたいな感じでやり始めていつの間にか10人くらいになっていましたね。
しかも仕事をしつつ両立だと相当ハードで、ウェブサイトの構築も全部やらないといけなく、どんどん人が増えていきました。
当時からすると、大会をやり始めてから10年くらい経ってますね。そのあと2014年からは「StarCraft II」というゲームのコミュニティのお手伝い、「DayCraft」という大会のお手伝いをさせてもらったりとか、そのあとは「ゆるふわHearthstone会」という「Hearthstone」のコミュニティのお手伝いを行いました。
うめ吉
かなり忙しいですね(笑) 僕にはタスクオーバーで絶対できないです。そのコミュニティお手伝いの詳細をお聞かせください!
みずイロ氏
2014年は「StarCraft II」で2015年は「Hearthstone」、2016年も「Hearthstone」をやりつつ、2016年5月に「Overwatch」が出てそこからは「Overwatch」ですね。
そして、私の中で一番思い出に残っているのが「Overwatch Open Beta Tournament」というオープンベータの時期にやった大会で、その時はものすごく人が集まりました。 ベータの状態で大会ができるほど「Overwatch」の完成度が高くて、今考えるとあり得ないなと思います。
うめ吉
「Overwatch」は弊社でも大人気です!ちなみに参加人数はどの程度あつまったんでしょうか?
みずイロ氏
「StarCraft II」なんて言ったら一人の対戦ゲームなんですが、30人くらいしか集まりませんでした。「CoD」が発売されて3、4年後に32チーム集まるのもすごいことですが、「Overwatch」は普通に80チームとか100チームとか集まるので「桁が違うなあ」と思いました。
そこから皆さんに知ってもらえるようになって、「Overwatch」というゲームが本当に日本でも流行していたので企業さんがやる大会とかに顔出しさせていただきました。そこからは自分の主催の大会よりも、他の主催者の方の大会だったり、企業さんの大会だったり、お手伝いに行きました。
うめ吉
余談ですが、この頃はまだロケットエンジニアはされていたんですか?聞きたくてしょうがないです(笑)
みずイロ氏
そうですね。しかし、2017年の9月に当時勤めていた会社を退職し、ロケットエンジニアをやめました。
うめ吉
なるほど..!それで今に至るって感じですね。やめたきっかけはあるんですか?
みずイロ氏
仕事の関係ですね。今まで群馬勤務だったのが東京勤務になる、しかも仕事の内容は自分のやりたいことではありませんでした(笑)
うめ吉
仕事は群馬、イベントは主にどこで開催されていたんでしょうか?
みずイロ氏
仕事は群馬で、イベントは全部東京なので、毎週末東京に来てました。
東京勤務になり、あんまりやりたくない仕事をやりつつ、「Overwatch」のイベントとかをお手伝いしていたら、「公式のキャスターをやってくれ」と言われていました。
知識が無いとキャスターは出来ないので結構大変なんですよね。なので仕事を抱えながらやるのは難しいなあと思い、辞めて、その後は「Overwatch」関係の仕事をしたり、ライターするのに専念しました。
うめ吉
縁ってあるもんですねえ。きっかけが”東京勤務”ってのがまた良いですね!この時はフリーランスだったんですか?
みずイロ氏
フリーランスの期間はほぼ無かったですね。4月に会社を辞めると言ったのですが、なかなか辞めさせてもらえず、9月頃にようやく辞めさせてもらいました。その期間は仕事を両立させていましたね。本当にしんどかったです(笑)
みせ
一番楽しい時期だよね(笑)
みずイロ氏
その時はやばかったですね。人間じゃない生活をしていましたから(笑)
ちなみに「GAME STAR」は2015年1月からスタートしてます。
みせ
おかげさまで採用する人が増えたんだよねー。ありがとう!

(エイプリルナイツはGAME STARのフリーペーパートップページに広告を乗っけています(笑))

みずイロ氏
その話聞けて本当に良かった(笑)
みせ
特に最近多いですよね。秋葉原で見ましたって!
うめ吉
「GAME STARを見て連絡しました!」っていう人がいるんですよ。凄い良いキッカケになってるんじゃないかなと思います!
みずイロ氏
やった~!全国111店舗で配布していて今後また増える予定です!!
みせ
だいたい1volあたり何部発行してるんですか?
みずイロ氏
1万部です。
みせ
1万部ってエグいね(笑)
みずイロ氏
正直、お金がヤバいっす。自費なので…赤字で頑張ってます(笑) 言っちゃえば、発行し始めたとき三瀬さんにお願いして「印刷費半分だけでも出してください」って言ってあの広告が始まってるんですよ。
みせ
立ち上げの大変さを知ってるから少しでも力になろうと思って。というか、声掛けてくれてありがとう(笑)
みずイロ氏
発行してからもう3年ですよ。「GAME STAR」を始めたキッカケは、「自分のイベントを宣伝したい」っていうのと、「自分みたいなイベントをやっている人たちを応援したい」という思いがありました。
やっぱりイベントをやっていると良い選手っていっぱい出てくるじゃないですか。それこそフラグシーンで面白かったりとか、実況関係で盛り上がったりとかする。それで選手たちが輝いてほしいなぁ、表紙とかに選手を使ったりとかして応援できたらなぁ…。みたいなのがスタートです。
みせ
やっぱり色んな話を聞いていると根本にはコミュニティがあるよね。
みずイロ氏
「Japan Players Night」の下地には三瀬さんらが考え方を色々教えてくれたからっていう…。
みせ
ありがとう(笑)
みずイロ氏
やっぱり当時に「Dazzle」がないと絶対今こうなってないと思います。そもそもみんなで「やるか」って話したじゃないですか!
みせ
話したね!懐かしい!
うめ吉
話が盛り上がってますが、もう少し御社の事業について教えてください。
みずイロ氏
コミュニティイベント制作事業では「PUBG FRYING PAN CUP」を2017年11月17日から隔週木曜日の全4回e-Sports cafe新大久保にて行ったり、Brizzard公認の「FLASH OPS TOKYO」、「JAPAN BLIZZCON PV PARTY」等のイベント運営を行ったり。
ウェブサイト制作事業ではプロゲーミングチーム「Unsold Stuff Gaming」のウェブサイトなどのesportsに関連したウェブサイトの制作を行いました。
メディア制作事業では「輝くゲーマーにフォーカスするeスポーツマガジン」GAMA STARを2015年から隔月で発行し現在では第21号を発行。大会で活躍したプロゲーマーや有名eスポーツキャスターをストリートで撮影しつつ、その人の魅力を伝えるインタビューとともに掲載する特集が目玉です。現在、日本全国のPC販売店舗や秋葉原などのコアなゲーミング施設を主な配布場所とし、毎号38都道府県111店舗、合計10,000部以上をフリーで配布しています。
最後に番組制作事業では「岸大河・OooDaのスタングレネード」というeスポーツキャスターの岸大河とOooDaがキャスターとして今まで経験してきた苦労話から旬なeスポーツトークまでぶっちゃけ話を繰り広げるバラエティ番組の制作を行っています。編集にTVディレクターが入っていて、本格バラエティ番組となっています。 あと、プロゲーミングチーム「JUPITER」の運営やeスポーツキャスター「シンイチロォ」のマネージメントなど、事業は主にeスポーツ中心に多岐に渡っています。

 

 

 

 

うめ吉
今後事業をどういう風に大きくしたいとかってありますか?
みずイロ氏
うちの会社自体がそもそもeスポーツというのを世に広めたいという所からスタートしているので、「eスポーツをより広めて、日本のカルチャーにしたい。」ですね。自分のやってきた事が自分自身の人生をすごく豊かにしているので、それをいろんな人にも経験してほしいし、eスポーツ自体がすごい心を熱くするものがあるので、そういうものをより多くの人に感じてもらえるようにマス向けにしていきたいと思っています。
みせ
eスポーツをデザインする」というのは言い過ぎかな?
みずイロ氏
いえ、イイかもしれないですね!
私がよそで言ってるのは「恋人に勧めたくなるようなカルチャーにしたい」なんですよ。e-Sportsを恋人と遊びに行ったりする場所にしたい。だから、そういったクリエイティブにしたいと思っています。
みせ
その見栄えだけじゃなくて、空間を。
みずイロ氏
そうですね!「UX」を創るというか。
行ったときの自分の経験・体験をより気持ち良いものにしたいみたいな。
うめ吉
一応今回弊社の採用メディアに掲載させていただく手前お聞きしてみたいのですが、御社の採用面についてはどうでしょうか?募集しているポジションとかあればお願いします!
みずイロ氏
募集しているポジションは、今はディレクター、もしくはデザイナーが欲しいですね。 今はイベントやウェブサイト制作事業、メディア事業、ゲーミングチームの運営などの仕事がメインで、例えば「こういうリーグやりましょう」「こういう番組やりましょう」とかいろんなアイディアがあるんですけど、実際にそれを形にできる人数がちょっと足らないところで、「そういうことがやりたい、やれる人」というのがすごく会社として必要な人材です。
みせ
それって良い人がいたらすぐ採用しようと思ってるんですか?それともこういうフェーズにいったら採用しようとか。
みずイロ氏
そうですね~。今は現在ディレクター1名、デザイナー1名、アシスタントディレクター1名を募集しています。 まだコーポレートページがなくて、ゲーミングチームのウェブサイトで募集しています。
みせ
おー、すごい。そうなったら結構人数も増えそうだね!
うめ吉
みずイロさんを作ったゲームというか、自分の人生の中ですごい印象的なゲームを教えてもらえますか?
みずイロ氏
相当難しい質問(笑)。「CoD」と「Overwatch」ですね!その二つがまさにいわゆる自分の出会いと成長をさせてくれたゲームですね。
「CoD」なんかはいまだにC4LANでやってますからね(笑)。
うめ吉
では最後に、みずイロさんにとってゲームとはなんでしょうか?
みずイロ氏
生きがいですかね。
パートナーというか、生きる上でのパートナーというか。時に厳しく、時に優しく、時に楽しくみたいな。もちろん私もゲーマーだったのでゲームやってて「コノヤロー!」って思うときもあれば、もちろんゲームやってて楽しい時もありますし、それはもうプレイするだけじゃなくて、お仕事としてゲームとかがある時やすごくお互いを助け合う立場にある物かなという風に思いますね。
うめ吉
すみません(笑)本当の最後に幼少期の頃、一番最初に触ったゲームって何ですか?
みずイロ氏
えーなんだろう。「バトルドッヂボール」かな。
うめ吉
「バトルドッヂボール」!!
みずイロ氏
めちゃ難しかったですね。「バトルドッヂボール」…。端的に言えばウルトラマン等が登場するドッジボールです(笑)。
昔のスマブラと似てます(笑)。
うめ吉
昔のスマブラって言われればそうかもしれない(笑)。
みずイロ氏
キャラクターがめちゃめちゃ豪華なんですよ。ガンダム、ウルトラマンとか、仮面ライダーとか、出てきちゃうんですよ!
うめ吉
今考えると確かに豪華ですね(笑)。
みずイロ氏
これが言っちゃえば私のeスポーツですね(笑)しかも下のゲージが溜まると必殺技ができるんですよ。
うめ吉
懐かしすぎる(笑)
みずイロ氏
こういうウルトラマンとか大好きだったんですよ(笑)。
うめ吉
昔のゲームも良いですよねえ〜。長々とインタビューにお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!

とても良い笑顔をお持ちのみずイロさん!!
快くインタビューを承諾いただき本当にありがとうございました。
面白いエピソードが多く楽しかったです!

今後もGANYMEDE株式会社を応援します!!

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